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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第16章 朝焼けに佇む




雄英体育祭まで1週間を切った。
ある日の早朝。
その日、轟は実家のトレーニングコースではなく、近場の海辺をランニングすることにした。
ウィンドブレーカーを着込んでいても、早朝の外気はまだ少し肌寒い。
しばらく海沿いを走り、防波堤の上で足を止めた。
動き続けるのをやめた途端。
汗の伝う首元を、冷たい海風が撫でていった。


「…は…っ……はぁ……ッ」


まだ夜明け前の空は白藍に染まり、眩しいほどの光はどこを見渡しても見当たらない。
息を整えながら、水平線から浜辺へと視線を移した。
ふと、視界の端に人影が映る。
突如浜辺に現れたその同級生の姿に、一瞬息が止まった。


「……。」


彼女は、轟に気づいていないのだろう。
学校では見せたことのない格闘技の技をいくつも繰り出し、たまに息を整えては、足下の砂を浮かせて、それを生き物のように宙に浮かべて遊んでいる。
声を、かけたい。
そんな気持ちになった自分の感情を無理やり消し去って、その場に踏みとどまった。
彼女は一人でしばらくトレーニングを続けた後、おもむろに自身の体を浮かせ、海の上を歩いた。
知らない人が見れば、その不思議な個性と彼女の浮世離れした容姿も相まって、人間ではない生き物だと勘違いされてもおかしくはない気がする。
彼女は両腕をゆったりと開き、俯いたまま動かなくなった。
轟は一層興味が惹かれ、防波堤から足を踏み出しそうになり、先のない足場を一瞬見やった。


「…………なんだ……?」


視線を戻して。
眼前に広がる光景に息を飲む。
彼女は自分の足下に押し寄せてくる波を、出来る限り広範囲で押しとどめ、「目に見えない防波堤」が彼女の足下にあるかのように、波の節理を捻じ曲げた。
彼女が腕を体の横から前へと伸ばすと、今度は、彼女の身体を境目として、押し寄せる波が真っ二つに割れた。
まるで、創世記の登場人物のような、神々しい彼女の姿。
数秒もしないうちに、彼女は、水面から現れた朝日の光を直視して、顔を背けてしまった。
すると、その波は一斉に自然とは違う「理」に反乱を始め、素の姿へと戻っていく。
その現実離れした光景を目の当たりにした轟の胸は、慌ただしく騒ぎ出す。


「…おまえ、何者なんだよ」


そう呟いた彼の言葉は、彼女に聞こえることはなく。
荒々しさを増す波の中へと、吸い込まれていった。

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