【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
井戸の周りはつい今しがた誰かが何度も水をぶちまけたのか、ところどころに水たまりができている。
若利は八重を濡れない場所に立たせてから、寒椿にもう一度視線を戻した。
「不思議なものだ。以前はこのような花など目にも入らなかっただろう」
井戸の脇で、静かに咲く花。
四季の移り変わりを草花で感じ取る人間でなければ、簡単に見落としてしまうほど小さな存在だ。
事実、先ほどまでここで水を頭から被っていた光太郎も、それを窘めていた赤葦も、寒椿が咲いていることに気づくことは無かった。
「だが、うちの庭の楓が緑色になる様をお前に見せると約束したあの日から、俺は毎日庭の楓を眺めている」
まだ冬が始まったばかりだというのに、再び芽吹くのが待ち遠しいと思ったのは初めてのことだった。
「だからだろうか、他の木にも自然と目がいくようになった」
堅物の印象を与えるが、若利もまだ十八。
ふと微笑めば、少年のような表情も見せる。
「この花を見つけた時、八重、お前に見せたいと思った」
その瞬間、八重は何故か泣き出したくなるような気持ちになった。
牛島侯爵家の御曹司という星の元に生まれただけで、彼の将来は約束されている。
それに引き換え、光太郎は名家に生まれながらその家の血を引いていないというだけで、薄氷の上を歩かされている。
“八重が俺との子を産んでくれれば・・・木兎家の名と血筋の両方を守ることができる”
光太郎は本当に好いた人と結ばれることなく、家を守るために自分と結婚しなければならない。
その事実を打ち明けながら、彼は優しく八重を抱きしめていた。
厳しい寒さや日陰であっても、華やかな花を咲かせる寒椿。
他でもない若利に見せられたことで、木兎家を守ろうとする光太郎の健気さがその花に重なり、八重は涙が出そうになっていた。