第3章 バレンタインデーイブ
手元の小箱は、
男なら一度は欲しいと思うバレンタインチョコレート。
かくいう俺も、欲しくて欲しくてたまらないものの1つだ
これだって、本来喜ぶべきモノなのだ。
今日の日付が2/13日だという事を省けば…
『大会勝ったんだって?お祝いにちょっと奮発しといたよ』
ニコッと笑う彼女はリクルートスーツに身を包んでいる。
渡されたチョコレートは、たしかに有名店のロゴが金色に光っているし
見た所3000円といったところか…
それでも不満なのは、やっぱり今日の日付だ。
明日になれば、こんな小箱、彼の元には言葉通り腐る程集まるのだが、
彼は目の前の彼女を恨めしげに見つめ、口を開く。
「なんで、毎年前日なの…」
昔は…多分中学生の頃までは14日の朝にくれていたはずなのに、春華は俺が高校に入った頃から、13日かそれ以前に渡してくるようになった。
「別に、明日予定があるわけじゃないでしょ」
そう言うと、目の前の彼女は
眉を垂らしておどけたように
『酷いなぁ、花の女子大生に向かって』と笑う。
「誤魔化さないでよ」
少し苛立った声で言っても、彼女は目を逸らしたままで
こちらがいくら目を合わせようとしても一方的では意味が無い
俺の気持ちと同じだ
ずっと一方通行で、この気持ちだって伝えることさえ許してくれない。
真面目な空気にしようとするたび壊される。
『誤魔化してないよー?
ま、渡せたし帰るよ、またね』
彼女は、まくし立てるように早口に言うと、足早に向かいの家にかえって行ってしまう
及川は、しばらくの間
閉まった扉を眺め、ため息を吐いて玄関を閉めた。