第8章 新たな一歩へ
一向に離れる気配のない華奢な体を腕に閉じ込め、少し屈んで···その首筋に顔を押し当てた。
「佐伯さん。あなたの方こそ···あなたの言葉を使って言えば、いい匂いがしますよ」
『い、いいい一織さん?!な、ななななにしてるんでふっ?!』
プッ···噛んだ···
「念の為に言っておきますが。佐伯さんが先に、私に同じことをしたんですからね。お返しです」
『だからって···あっ···わ、私、まだ帰って来たばっかりでシャワーだって···もうっ!一織さんのエッチ!!』
「はぁ?!」
さっきまで距離感ゼロだった体がパッと押し戻され、
聞き捨てならないセリフを残して佐伯さんが駆けていく。
エッ···チ···って···
呆然と立ち尽くす自分の髪から、スルリと頬を流れるひとしずくを感じて、慌ててタオルで押さえる。
ふわり···また、甘い香りが鼻をくすぐる。
タオルに香りが移るほど、あの人はここに居たんですね。
さっきまでの存在を確かめるように、何気なくタオルを顔に当てる。
お風呂上がりの自分のものとは違う香りに、思わず顔が綻んでしまう。
『三月さん!あのね!一織さんがね!!』
三「ん?一織がどうした?」
壮「お帰りなさい、愛聖さん」
賑やかになったリビングを振り返り、肩を竦めてみる。
全く、あの人は···私より幾つか年上だと言うのに···
「かわいい人だ···」
うっかり呟いてしまって、慌てて口を隠す。
大「見~ちゃった」
予測していなかった声に肩を跳ね上げ顔を向ければ。
5センチ程のドアの隙間から二階堂さんの眼鏡がキラリと光る。
「盗み聞きなんて、悪趣味ですよ二階堂さん」
見られた動揺を隠す為に眉を寄せながら言えば、二階堂さんは姿を現しニヒルに笑った。
大「まさかイチと愛聖のラブラブシーンを目撃しちゃうとか、お兄さんビックリだなぁ」
「違います!そんなんじゃありません!」
大「またまたぁ、隠さなくていいっての···内緒にしてやるから」
「だから違いますって!!」
大「ムキになるなって。冗談だよ」
ヒラヒラと後ろ手に手を振ってリビングへ向かう二階堂さんの後ろ姿に叫びながら、今日はいろいろ至難の日だ···と大きくため息を吐いた。