第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
警察庁警備局警備企画課に所属する『降谷 零』。
国際的な犯罪組織である黒の組織の構成員『バーボン』でもあり、探偵の『安室 透』。
そんなトリプルフェイスが日常となって久しい頃。
この日、安室は黒の組織の『バーボン』として、自動車を走らせていた。
ビルの地下駐車場は、夜更けということもあってさらに暗い。
RX-7でそこを訪れた安室は、サングラスを掛けた女性の前で自動車を止める。
ウェーブの掛かった金色の髪を払った女性は、遠慮することなくドアを開けて助手席に乗った。
無言で自動車を発進させるも、女性は何も言わない。
不意に、彼女はハンドバッグから一枚のCDを取り出し、音楽プレイヤーへ入れた。
CDのデータを読み込んだ機械が、しばらくしてスピーカーから、澄んだ音色を流す。
「何ですか、この曲は?」
普段は音楽を要求しない彼女が、わざわざ自分でCDを用意して掛けたことについて聞いたつもりだったのだが、彼女は何を言うことなく答えない。
「ベルモット?」
そう、彼女の名前――コードネームを呼ぶと、ベルモットはサングラスを外し、「ちょっと黙ってて」とだけ短く言う。
派手なメイクだが、相手に華やかな印象を与える彼女の横顔を窺い、安室は言われた通りに黙った。
一分とやや長い前奏を終え、スピーカーから透き通ったソプラノの歌声が流れ出す。
どこか儚く、幻想的な曲調と歌詞、硝子細工のような透明で繊細な歌声。
その歌に、安室は息を呑んだ。
呆然と聴き入っていた彼は、後続車からのクラクションで我に返り、慌てて自動車を発進させる。
そんな様子を見ていたベルモットがクスクスと笑った。