第1章 たとえば、君に名を呼ばれる倖せ【名探偵コナン/安室 透】
先ほどの歌の、続きだった。
歌い終えた詞織は息を吐くと、顔を上げる。
「安室さんの歌ですよ……安室さんの為だけの」
そう言って、彼女は照れたようにはにかみ、安室の褐色の頬に細い指を添えた。
「私も好きです、あなたが」
歌うことは止められないけど。
でも、この歌は――この歌だけは、あなたの為だけに歌います。
「ね……ゼロ」
――ゼロ。
その言葉が、この世の真理のように、安室の胸に響いた。
「私はあなたのことを何も知らないけれど、今は何も聞きません」
「教えます。全てが終わったら……『俺』のことを……全部」
……待ってる。
どちらからともなく、二人は唇を合わせた。
軽く触れるだけ。
それだけで、甘く切なく、そして幸せな気持ちで満たされた。
「……もう一度、歌ってもらえますか?」
「あなたが望むだけ」
陽が傾き始める。
赤く染まる廃ビルに、それには不釣り合いなほどの、繊細なガラス細工のような、透き通った歌声が響いた。
【たとえば、君の歌を聴く倖せ 了】