第10章 現在
──ま、気付かなかった自分にも怒っているだろうし、それでも守ろうとした菜生の想いを愛しいとも思ってるみたいだけど。
──あと…組合団長とどんな関係なのか気にしてる、ってところかな。太宰の事だし。
──だから隠し通すのは無理だって云ったのに。
本当は、太宰が気づく前に社員にバラしても良かった。
いずれ太宰は気付くだろうし、そうなったら社員に隠すのは無理だからだ。
ただ、余りにも必死に菜生に頼まれるものだから、無下にできなかったのだ。
──菜生も罪だよねえ。こんなに会社が乱れたの、初めてなんじゃないかな。
会社は、菜生が姿を消してから文字通り、業務の全てを凍結している。
社長の判断での凍結だが、一月も任務を遂行していないのは、乱歩の記憶の限り之が初めての事である。
調査員だけでなく、普段余り関わりのない事務員たちにまで焦燥と不安が伝播し、現在の社の空気は決して良いとは云えない。
菜生はこの会社の為に此処を去った。愛する人を残して、何も云わずに。
全てを話した上で去ったとしても社員たちは菜生を取り戻そうとしただろうし、引き留めようともしただろう。
菜生はそれを分かっていたのだ。だから、何も云わなかった。
菜生の考えに異論を挟む気はない。
ただ、ただ…と乱歩は思う。
──勘弁して欲しいよ、本当。
こうなった時の、太宰は怖いのだ。
太宰の事となると菜生は周りを見なくなるが、
太宰は菜生の事になると、…──昔あった事件を思い出し、乱歩は乾いた笑みを漏らした。