第9章 For　You…

ステージに立つことへの恐怖を訴えた俺を、翔はこれ以上はないってくらいに優しく、包み込むように抱いてくれた。

底知れぬ緊張と恐怖とで凝り固まった心と身体を解きほぐすように…

そのおかげもあってか、目覚めた時には、身体に気怠さはあるものの、頭だけは妙にスッキリとしていて…

憑き物が落ちた、ってこういうことを言うんだろうかと、一人笑った。

｢随分とご機嫌じゃねぇか…」

いつから見ていたのか…、隣から聞こえて来た笑いを含んだ声に、俺は咄嗟に緩んだ顔を背けた。

｢べ、別にそんなんじゃねぇし…。つか、早くしねぇと遅れるぞ」

俺は逃げるようにベッドから抜け出ると、一人寝室を出てキッチンへと入った。

代わり映えのしない朝食を用意して、下着姿のままで新聞に目を通す翔の前に並べた。

いつもと何一つ変わることのない、俺達の朝の風景に何故だか愛おしささえ感じる。

その後、まさか窮屈なスーツなんて着せられるとは、思ってもなかったけど…。



翔の車で劇場に乗り付け、いつも通り裏口から入ろうとして引き留められた俺は、翔に引き摺られるまま劇場正面に回って初めて、翔のオープンにかける意気込みみたいな物を感じた。

それに加えて翔の親父さんまで来てるとなったら、中途半端なステージは見せらんねぇな、って…

尤も、中途半端なステージなんて見せる気は、さらさらねぇけど。

俺は翔の親父さんを避けるように人波を搔き分け、スタッフ専用のドアを開けると、その奥にある楽屋へと続く階段を駆け上がり、楽屋へと入った。

楽屋には既にこの日のために用視した衣装が準備されていて、健永が鏡の前にメイク道具を並べていた。

なんだ、ココだけは全く変わってねぇじゃねぇか…(笑)

俺はボストンバッグを畳の上に無造作に置くと、定位置に用意された座布団の上に胡坐をかいた。