第4章 そばにいる、そばにいて。
『たかだか1年足らず一緒におった位で、勇利の全てを判ったような顔せんといてくれるか?』
『この勝生勇利の魅力を引き出したんは、アンタやない。この僕や』
ジャパンナショナルを優勝した勇利がEXで見せた、純の演目。
そこには、ヴィクトルが全く知らない勇利の魅力が凝縮されており、更にそれを引き出したのが勇利の同期の男だったという事に、ヴィクトルはこれまで感じた事のない焦りに囚われた。
その大会が現役最後の試合だった純は、かつて親友のクリスから『アイス・ドール』と評されたスケーターで、膝の大怪我により最早復帰は絶望視されていたが、競技者としての自分にけじめをつける為と、そして何よりも勇利に会う為にジャパンナショナルのリンクに戻ってきたのだ。
総合的な能力は勇利に劣るが繊細なエッジワークとスケーティング、そして男にしては柔軟性の高いスピンは、基本国内に競争相手のいない勇利にとって良い刺激となっていた。
しかし、それとは別に純との再会を明らかに通常以上に喜ぶ勇利の姿を、映像やSNSなどで追っていく内に、誤魔化しようのない嫉妬に苛まれていた。
半ば無理矢理ユーリを巻き込み、急遽年の瀬の長谷津に来日したヴィクトルは、偶然そこで勇利と年越しをしていた純と顔を合わせ、嫌みの応酬からついには真夜中の露天風呂で取っ組み合いの大喧嘩に至ったのである。
『…何でアンタは、勇利の憧れの人のままでいてくれへんかったんや!』
自分とはベクトルが違うが、純もまた勇利に惹かれ、惚れ込んでしまった人間である事を知ったヴィクトルは、彼との間に奇妙な友情のようなものが芽生えるのを覚えた。
「勘違いせんといてくれ。アンタの為やない、勇利の為や」と言いつつも、自分達の力になってくれる純に、ヴィクトルは内心で感謝していた。
何より今回のEXは、純の助けがなければ実現不可能だったからだ。
(お前は嫌がるかもしれないけど、お前は、俺にとって大切な『ダチ』だ。これからもよろしく頼むよ。そして…『ありがとう』)
視界の端に純を捉えたヴィクトルは、次の瞬間見事な4Lzを披露する。
そんなヴィクトルを見守っていた純は、緩みそうな涙腺を誤魔化すように「アホ」とひと言呟いた。