第4章 そばにいる、そばにいて。
はじめは、若干の逃避も含まれていたのは否定しない。
だが、ヴィクトルにとって勝生勇利という男は、彼がこれまで知り合ってきた人間の中でも、ダントツで予測不可能の存在だった。
いつもは驚かし振り回す立場の筈の自分が、勇利と共に過ごすにつれ、気が付くと彼のペースに巻き込まれ、驚かされっ放しになる。
一見童顔で大人しそうな勇利の内に秘められた本能とスケートの才能に、いつしかヴィクトルも本気でのめり込んでいったのだ。
勇利を最強のスケーターにしてやりたい。
自分の手で彼を世界の高みへと連れて行ってやりたい。
でも、ヴィクトルが本当に望んでいたのは、それだけではなかった。
(俺は、強くなった勇利と真剣勝負がしたかったんだ。そして…もう、ただの師弟やライバルだけの関係じゃ物足りなくなった)
3回転からのコンビネーションジャンプを着氷すると、ヴィクトルは指輪のはまった右手をかざす。
今して思えば、あまりにも互いに近すぎた故の言葉の足りなさや、すれ違いだったと理解できる。
しかし、当時はこれからも一緒にいられると幸せに浸っていた自分と彼自身の進退を勝手に決めつけ、残酷に突き放すような真似をした勇利に対して、相当の怒りと哀しみを覚えていた。
FS終了後、何故あのような発言をしたのか本当の理由と、心の何処かではとっくに判り切っていた互いに対する想いを話すのを渋り続ける勇利に、ヴィクトルは逆切れで詰め寄り、気が付くとSPの夜以上に口論や多少の手が出た末、大泣きの状態でベッドにもつれ込んだ。
『勇利は本当に俺の事、ただのコーチやライバルとしか思ってないの!?俺はもうずっと前から勇利の事を…!』
『そんな事ない!僕だって、昔から貴方を…ヴィクトルの事がずっと好きだったんだ!』
『…なら、どうしてさっさと言わない!?バカっ!!』
(男相手もだけど、あんなムードもクソもないベッドインなんて、後にも先にもお前だけだよ)
それでも漸く勇利と身も心も1つに結ばれたヴィクトルは、競技に対する新たな覚悟を胸に、ジャパンナショナルを控えた勇利と一旦離れ、復帰戦であるロシアナショナルの為に帰国したが、またもやそこで勇利によって思わぬサプライズを味わわせられる羽目になったのだった。