第46章 【深緑色】 限局性恐怖症
「……確かにな」
あの日を切り取った一枚の写真
緑谷に指し示された轟の表情に
飯田は口角を上げた。
睫毛を伏せ
亜麻色の髪に口元を埋める姿は
初めて目にするもの
柔らかな線で描かれた
穏やかな横顔
静止画であるというのに
慈しむかのように髪を撫でる
その指先の動きまで見えそうだ。
ハイリの無邪気な笑顔があるからこそ際立って見える
如何に彼女を大切に思っているか。
「轟くんはこんな顔もするんだな…。」
声は自然と漏れた。
頑なに言い張っていた懸念など
一瞬で萎えてしまった。
こんなものを見せられてしまっては
もう飲み込まざるを得まい。
これで酷い事していたら
それこそ邪か悪魔だ。
苦笑を誤魔化す様に頬を掻きたくても
掻けやしない
ギプスの収められた両腕に笑いながら空を仰ぐ。
「楠梨くんにだけ見せる表情って所か…。」
いつもハイリを翻弄してばかりの彼だが
こんなものを見せられてしまっては
誰も敵いやしないだろう
自分も、含めて…
そう思った
思わされた。
風が吹く
どこぞの使命感もろとも連れ攫って行くかのように。
勝手に、義務付けていた。
自分が彼女を護らねばならないと。
幼い頃からの友人
常に特異な彼女はいつも
内側に孤独を抱えて居る事を知っていたから。
だが…
(もう、違うようだな。)
気付いていた
そんな事、疾うに気付いていた。
では何故
知らぬ振りをしていたのだろうか…?
ふと響いたチャイム
聞き取れぬ放送は外来の物だろうか
疑問を塗り替えるかの如く思い出す
自分の診察時間とその場所を。
開かれたままのスマホへと視線を落とせば、中々に良い時間だ。
おもむろに腰を上げ
目的の病棟へと爪先を向ける
声を掛けてくる様子の無いクラスメイトへと
一言だけ残した。
「では、安心して診察を受けてくることとしよう。」
緑谷の返事の代わりか
風がまた吹いた。
耳に温かな温度を感じながら
右足を一歩出す
もうわかっていると
彼女を護るのは自分ではないのだと
そう、言い聞かせながら。