第46章 【深緑色】 限局性恐怖症
震える手を握りしめて
俯く頭を撫でた。
ずっと人前で泣かずを貫いてきた女は
今、涙を零すまいと肩を震わせている。
噛み締められた唇に赤は無い。
無いどころか下手したら
噛み切って今にも血が滲んでしまいそうだ。
(限界だな…。)
轟は二人の級友に向かって苦笑を残し
ベッドを仕切るカーテンへと
手を伸ばした。
シャラ、と音が鳴り
ベージュの壁が世界を閉ざす
途端、許しを得たかのように
ゆっくりと上がる亜麻色の瞳。
震える瞼にキスを落とすと
大きな雫がぽたり
頬を伝う間もなく病院着にシミを作った。
「しょぉと…ッ」
か細い声はそのままに
大粒の涙だけが次から次へと溢れ出る。
次第に濡れゆく頬
声を出すまいと詰める喉
入り乱れた感情が曝け出されたその表情
痛々しい程に
悲哀と安堵に満ちている。
「悪かった。」
今芽生えたばかりの感情を握るその手で
ハイリの髪を撫でながら
轟は詫びた。
大人にルールを説かれ、守られ
理解し、感謝しても
自分のとった行動に何一つ後悔などなかった。
だってそうだろう?
あの時あの場に
自分が駆け付けなかったら?
二人の級友は
殺られていたかもしれないのだから…。
(だってのに…。)
今、悔やまれる
彼女にこんな顔をさせているのは
自分なのだという現実に…。
自分が傷つくことに
生れてはじめて恐怖した。
「悪かった…。」
布一枚
その向こうに二人が居るとわかっていても
視界から消えただけで
あっと言う間に二人きりの空間だ。
拭えど拭えど
泉の如く溢れ出る温かな雫。
幼子の様に泣きじゃくるハイリに
轟は詫びる、ひたすらに。
もう泣かないでくれ
早く笑顔を見せてくれ…と。