第46章 【深緑色】 限局性恐怖症
話を終えた病室の空気と言えば
それはそれで重いものではあった。
「マニュアルさん
本当に申し訳ございません…。」
「すみません、グラントリノ…。」
各々の保護管理者へ深々と頭を下げる少年二人。
その表情が悲痛に歪む。
仕方のない事
責任はちゃんと取らなければ…
それも――大人だ。
守られるのは子供だけ
保護管理者である大人は
監督不行届で処罰を免れることはできないのだから。
それを目の当たりにして
何故頭を上げられようか
二つの頭が下がる中
下げる相手のいない轟は
その首を回し、当てなく室内を見渡した。
(つっても親父は居ねぇしな…。)
居ないとわかりきっていながら
自分の保護監督者を探す
詫びは流石に必要だろう
(夜電話するか…。)
そう思って息をついた時
未だ悪戯な黒眼と目が合った。
舌を出しているのは犬だからか
それとも自分へ茶々でも入れたいのか。
ゆっくり細められて良くその瞳は
まだ他に企みの一つや二つ
含んでいるかのようだ。
拭いきれてないバツの悪さから
二色の瞳は下を向く。
逃がしはしないとでも言いたげに
犬面の署長がこちらへと歩み寄って来た。
「心配せずとも君を叱ってくれる人も
ちゃーんと来ているワン。」
ポンと左肩に乗った右手は5本指
頭は犬なのに手は人間のモンなのか
何処かの誰かと同じ事を思う。
上げた視界には
にんまり上がっていく口角
犬の顔でこれは…なかなかにシュールだ。
たらり
こめかみを伝う汗の原因は果たして何か。
さも楽し気に
微笑まし気に
犬の口が開かれた。
「入ってきていいワンよ!」
コツと響いた
何処か聞き慣れた靴の音。
扉の淵にそっと添えられた指
轟は喉を鳴らす。
もうそれだけで
誰だか分かってしまったかのように…。
いや、予想はしていた
来てもおかしくないとは思っていた。
なんせアイツは
この犬が居る警察署に
行くと言っていたんだから。
現れた姿に
轟の唇が
もう何度呼んだかわからない名を形どる
「ハイリ…。」
それ以上言葉はなかった
部屋に入って来た少女の名を
呼ぶだけで精一杯だった。