第6章 【桜色】物言えぬ処方箋
~Sideハイリ~
雄英のゲートが小さく見えて来た頃には
動機も息切れも落ち着いていた。
この人と居ると心臓に悪い。
そんなこと言いながらも顔はしっかりにやけてる。
結局私は、何だかんだでこの状況を満喫してるのだ。
「おい、話聞いてるか?」
「ん?」
またやってしまった。
朝からどんどん浮かれていく私は
いわゆる地に足がついていない状態だ。
もはや大好きな人の言葉を華麗にスルーしてしまうくらい
一人の世界に入ってしまう。
その彼は若干…
いやかなり不満気味、に見えるけど
表情こそないものの
纏う空気に異変を感じた私は、慌てて引きつった笑顔を作る。
不穏な空気を読み取る力だけは実は自信があるんだ。
こればかりはあの人に感謝してる。
「ご…めん、ぼーっとしてた。
なぁに?」
「さっきの苦手な奴って誰だ?
中学の奴か?」
振られた話題。
それって今まさに感謝していた人じゃないですか…っ!
パタリと思考を展開してその苦手な人を思い浮かべてみると
正直な私の身体はゾワッと背筋が凍ってしまった。
小さく首を振って思い出すのを強制終了
これはもう、自己防衛本能と言うやつだ。
「いや、中学は女子校。
その人はね、雄英の先生なんだ。」
「たぶん」と付け加えて見上げた顔は
拍子抜け…と表現すべきだろうか
彼らしくもなく、ちょっと間抜けな顔だった。
一体どんなのを想像していたんだろう…?
あんまり考えたくない。
「そういやお前、学校に顔見知りが多いんだったな…。」
フムと顎に手を添えながら考え込む横顔を覗き見る。
話した記憶はないけれど、
寝ぼけて話でもしたのだろうか?
でもまぁ、話してないにしろ
入学初日に看護教諭を「ちよちゃん」と呼んでる事実をを知ってる彼なら、察しがついてもおかしくはないか。
それから暫くの間、轟くんがまともに口を開く気配はなかった。