第42章 【深緑色】医療保険~指定難病恋型~
その日
自室の窓越しに見上げた光は
今にも潰えてしまいそうな月だった。
猫の爪よりまだ細い儚い光。
私にはこれ以上闇色に侵食されまいと
必死に爪を立てているように見えた。
「はぁ…。」
溜息を一つ
ガラスに映った自分の顔に眉を下げて
カーテンに指を掛けると
スッと窓に映ったもう一つの影
後ろから両腕を私の首へと巻きつけ
肩口へと顔を埋めてくる
その囁く声は可笑し気に
呆れるように、からかうように
耳を掠めて首筋をくすぐった。
「どうした?」
何がどうした?だ
溜め息の元凶を暗いガラス越しに睨む
「べ つ に !」
笑ってなんかあげない
何でもないなんて言ってあげない
結局あの子の事
まだ何一つ教えて貰えてないんだもん。
(卑怯だ、ズルイ、姑息だっ!)
問おうとする度にキスされる
何も聞くなと言わんばかりに
そりゃ昼間は安心できたけど
こういうのって解決しないと尾を引くものなのね
初めて知った。
「ご機嫌斜めだな。」
「お陰様で!」
「別に俺だけのせいじゃねぇだろ?」
突如切り出されたこの言葉に
ぐっと言葉を飲み込んだ。
そうだ、気を落としている原因は
あの子の事だけじゃない
「そう、だけど…。」
気が沈むと見えるものまで暗くなってしまう。
重い色に気圧されているようにしか見えない月から目を外し、指を掛けたままの布地で蓋をする
憂鬱でならない
出来れば現実から目を逸らしたい
だけど楽し気な声が耳元に現実を差し出すの。
「爆豪に聞かれた事がそんなにショックか?」
「そう…いえば焦凍はどこのヒーロー事務所に行くの?」
「それともあの言葉の方か?」
「私も指名きたんだよね、どうしよう。」
だからひたすら逃げるしかない
これを受け入れるのは
ちょっとかなり無理がある
あからさまに食い違っていようが
ただひたすらにその話題を無きものとした。
だけど
「爆豪の診断結果は…?」
彼はどうしてもこの話題に持って行きたいらしい。
肩を抱き寄せられ近づいた距離、鼻先数センチ
艶めいた視線が頬を撫でる
フツと潰えた部屋の光
まだ目の慣れない暗闇の中で
目の前に迫った唇が
意地悪に吊り上げられた事だけわかった。