第37章 【深緑色】欠陥症
話し終わったのか、それとも最中だったのか
尻すぼみに途切れた会話に
首を傾げたまま顔を覗きこんだ。
「……ハイリ?」
まるで瞳を閉じた人形だ
髪に埋めていた指を抜き
背を撫でる
擽ったそうに身を捩る
等身大の人形に笑みを漏らした
「寝たか…。」
昨夜も大して寝かせてやれなかった
時間は少し早いが寝かせてやるべきだろう。
そのまま抱きかかえベッドへとそっと下ろす
安らかな寝顔が幼く見えるのは何故だろうか
柔らかな疑問は頭の隅に
特に答えを求めちゃいなかった
この言葉を聞くまでは
「おかぁさ…ん。」
立ち上がろうとした瞬間だった
三日月型の唇が僅かに動く
嬉しそうな声
幸せそうな寝顔
こっちまでつられて笑っても良い筈の光景に
眉間に力が籠る
「母親の夢でも見てんのか…。」
俺を引き止めたい訳じゃねぇのは見てわかるってのに
昨夜よりも後ろ髪を引かれる思いだ
こんな幸せそうな顔で
母親の夢を見てるんだとしたら
起きた時どんな表情をするんだろうか
確かめるまでもねぇ
きっとこっちが口をはさむ余地もないくれぇ
綺麗に笑うんだろう
あの
完璧な笑顔で
(あの笑みだけは好きになれねぇ…)
テレビだけが話しを続ける部屋の中
数回しか見た事のない微笑を白い壁に映す
不思議なことに
あれほど綺麗な笑みだってのに
今は恐怖さえ感じる
幸せにしてやりたいと思ったから尚の事
あの笑みだけは二度と見たくねぇ
させたくねぇ
させちゃならねぇ
おぼつかねぇ願いはエゴか厚情か
「もう何をする為に立ち上がろうとしたのかも
わからなくなっちまったな…。」
ならば今夜はこの寝顔を見ていようか
嘲笑を一つ
無音になった部屋に闇が訪れる
今はただハイリが安らかであるように
そんな事を考えながら
白い頬を撫でた。