第35章 【空色】勘違いパンデミック
(………K…Y…女……。)
たった今、起ったばかりの出来事は
きっと走馬灯よりも早かっただろう
受け入れ難い現実と
投げられた蔑称
徐に上体を起こしながら
ハイリは息をついた。
ぺたりと座り込んだまま
未だに口に残る味に舌を転がす
舌先が下唇に触れる度
チリと染みる痛みに鉄の味
これが何が起こったのかを証明している
突き付けられた事実に
少女はその顔を俯かせた
余程キスされたのがショックなのだろう
当然だ
爆豪は爆豪で気の毒だが
ハイリだって何も知らなかったのだ
突然こんな事をされて
傷付かない訳がない
共感し心の傷に寄り添おうとする女子生徒6人
代表して、副委員長 八百万が一歩踏み出した
「楠梨さ…」
それとほぼ同時だった
男子がどよめき、声がもう一つ上がる
「ハイリ…?」
振り返ればそこには
いつの間に戻ったのやら
さっきまで居なかったはずの轟の姿が
音もなくドアを閉め
静かにハイリに歩み寄っていく
副委員長は
踏み出したばかりの一歩を収め
慰め役を譲る事にした。
教室の後方
集るクラスメイト
その中心でぺたりと座り込んでいるハイリ
そして
先程廊下ですれ違った爆豪の顔
加えてハイリのこの仕草を見れば
この場に居なくとも何が起こったか
轟がわからない筈がなかった。
「焦凍…。」
握りしめられたハンカチで口を拭う
そこに滲む紅に眉を垂らす
愛しい彼女は今にも泣きそうだ
両手を伸ばし自分を待つ様は
抱っこをせがむ子供の様
怒るべきか
まずは慰めるべきか
悩む少年はハイリの正面に膝をつき
問う。
「どうした……?」
出来るだけ穏やかに
だがどうしてもその手を取る度量がない
ハイリのこの言葉が無ければ
怒りに任せてまた酷い事をしたかもしれない
その声は
そこはかとなく悲痛に満ちていた。