第29章 【空色】心温
本当にハイリの事を思うなら
引き離すべきだ
深く繋がってしまう前に
(いや、もう遅いね。)
ここ数年
泣かないを貫いてきたハイリが
少年の前では泣けるという
自分たち以上に大くなってしまったその存在を
今更取り上げることが出来ようか
今や
良くも悪くも
ハイリの動力源は彼、轟焦凍だ。
(リカバリーガールは気付かなかったのだろうか?)
あの老婆が気付かない訳がない
気付いて、黙視に留めたのだ
その意図はわからないでもない
しかし…
(危険な賭けに出たものだよ、全く。)
ついた溜息は無意識に
そこに
不安気な視線が差した。
「ねずちゃん……?」
怒ってはいけない
笑い飛ばしてもいけない
肯定しても
否定し、諭してもいけない
少年の存在を差し引いても尚
自分はそのどれもしてはいけない
根津は焦燥を悟られぬ様
静かに顔を上げた。
「大丈夫さ!」
我々には
それぞれ役割がある
(私の役割は…。)
根津はとびきりの笑顔を向けた。
あの日、自分の服を引っ張った小さな手は
今や自分の手よりも大きくなってしまった
それでも、この手を引いて
あの日と同じことを言わなければ
『お父さんには内緒
僕とハイリだけの秘密さ!』
あの日返した同じ笑みを
与えなければ
声色も、その速度も大きさも
何もかもがあの日と全く同じだった
「皆には内緒
僕とハイリだけの秘密さ!」
私の役割は
秘密を共有する事だ
いざという時の
ハイリが言う事をきかなくなってしまった時の
持ち札を増やすために…。
轟焦凍
あの少年は間違いなくハイリのアキレス腱
そしてそれは
少年にも言える事だろう。
(やはり、危険な賭けだよ。)
脆弱すぎるのだ
憂う小さな頭の中は
静かに、しかし高速に回り始める。
逸らした視線
黒い瞳に映ったカレンダーには
赤い花丸が一つ
『体育祭』
その三文字は
瞼を閉じても尚
そこに焼き付いて消えることは無かった。