第28章 【空色】プラシーボ効果
~Sideハイリ~
「ハイリ?」
焦凍の声に呼び戻されなければ
どこまでも引きずり込まれていただろう。
顔を上げてやっと合った焦点の先
そこにある見慣れた顔に震える息を細く零した
「どうした?」
「ぅ…うん、なにも、ない…。」
嗄れた喉を正そうと小さく咳払い
落とした視線の先にある指は
いつの間に掴んだのか
焦凍のシャツをしっかりと握っている。
握りすぎてくっきり寄った皺が
小刻みに震えていた。
怖くて、無意識に掴んだんだろうか
震えを抑え込むように籠っていく力は
何かを報せるように鳴る警笛の様な心音は
間違いなく恐怖によるものだ
(こんなに――怖かった?)
いくら怖いと言っても
ここまでじゃ…
小さく首を振って
思い出す
そうだ
自分からこんな約束事をしようと思った事自体
初めてだったのだと。
原因はわかっているのに
見えないなにかに憑かれたかのようだ。
ぎゅと目を閉じると
髪に差し込まれた指に
肩が跳ねた。
「まだ寂しいか?」
「ん…。」
あやす様な視線に
「はい」も「いいえ」も言えず
広い胸に顔を埋める。
ただでさえ心配性な焦凍に
これ以上心配はかけられない。
大事な体育祭を前に
既に何かを抱えてる
気付かれない方がいい。
きっと今なら
この言い様のない恐怖を
寂しいを理由に隠す事が出来るから。
ううん、違うな
髪を撫でてくれる優しい手つき
落ち着いて行く自分の鼓動
目を閉じると
どれ程この人の存在が安心を与えてくれるのかを
実感してしまう。
(寂しいことに変わりはないや。)
感じてしまったからこそ
尚更
そう思った。