第12章 【桜色】ヨマイヤマイ
~Sideハイリ~
「勘違いすんな、もう少し我慢してやるってだけだ。」
頭の上からふわりと声が落ちてくる。
ただ、手のひらに落ちたは良いものの
すぐにひらりと飛んで行ってしまった。
そんな心地。
要するに理解できなかった。
「我慢…?」
さぞかし間抜けな顔を上げてしまったのだろう。
盛大なため息をついたと思ったら
見てられないと言いたげに視線を逸らす。
上げた頭は彼の手によって
すぐに肩口へと埋められてしまった。
(前にも似たような事があったような…。
あれ…気のせいかな?)
出入りの多いコンビニ前だと言うのに
不思議と静かに思えた。
隔絶されたような空間で
首を傾げながら彼の肩越しに二人分の影を見る。
返事は甘く
ただ甘く
私の胸を震わせた。
「俺も片想いの気分味わってみてぇ。
なんせ――…」
人を好きになったのは初めてだから、と
潜めた声が耳をくすぐる。
視界を横切った桜の花びらが
僅かに抱いていた疑問と
自己中心的な願望を攫っていった。
伝えきれない程の大きな感情も
突き詰めるとたったの一言。
「うん…嬉しい…。」
嬉しくて、幸せで
単純な自分に呆れてしまう。
「嬉しいよ…。」
ちゃんと目を見て伝えたい。
綻んだ口を肩から離し
見上げようとした頭は再び抑え込まれた。
あまりの反応の速さに
それは一瞬だったけど
良すぎる私の目は…捉えてしまったんだ。
「つっても、そう我慢できる自信ねぇから
あんま長くはねぇぞ?」
照れ隠し。
コンビニの灯りに照らされた彼の目元は
昼休みの時と同じくらい赤く染まってた。
見なかったことにしてあげよう。
小さく笑って言葉を返す。
「ん、私はいつでも大丈夫だからね。
焦凍のタイミングでいいから。」
春の夜風はまだ冷たいと言うのに
風に触れた頬が冷えることは無い。
好きな人の言葉一つ
恋の病とは、身体も心も頭も温めてしまうものなのだ。
未知の病は厄介だけど
その全てが色づいて見える。
そんなことすら
初めて知った……。