第1章 アネモネの夢00~50
道行く人が皆避けていく中で、足を挫いたらしい痛みとそれに触発されて溢れる涙でみっともない私に声を掛けてきたのは近くに止まった黒塗りの車から顔を出した美しい女性だった。
まだ女性になったばかりという初々しさと元々持っているのだろう艶めかしい色香を纏う女性が、濡れるのも構わず車から飛び出してくると私に手を差し伸べてくれる。
でも、私はそれを取ることは出来なくて戸惑っていたら、急に視界が高くなって何事かと視線を巡らせると息が止まるくらい綺麗な男性(ひと)が私の事を軽々と持ち上げて女性の示すままに車に運び入れてくれたのだ。
――ナニコノヒトタチ!?
私のその時の心情は色んな心痛全てがすっ飛んでソレ一つだったのは間違いない。
誰、とも何、ともとにかく言葉を発することも出来ずに車に戻った女性に少しだけ我慢してと言われて呆けている間にあれよあれよという間に病院に連れていかれ、診察が終わったら自宅の場所を聞かれるままに答えて送って貰ってしまった。
その時に一人暮らしだと話したら何かあったらいけないからと女性とメールとラインを交換することになり、気が付けばお茶まで淹れて貰って諸々事情をペロッと吐かされていた。
その手際が鮮やか過ぎて呆気にとられた私は、ついでに毒気も抜かれて丁寧にお礼を告げるとその日はそのまま別れた。
その後どうなったかと言えば、女性とはメル友になっていたがあれ以来会っていない。
なんとなく恐れ多い気がして会えずにいる。だって名前が知っている有名人と一緒なんだもん……。ご本人を見かけたことがないので知らないけど、絶世の美女だと言うし本人かもしれないと思うとドキドキしすぎて無理。
忙しすぎて会う時間を作るのも難しい今の私では、失礼ながら礼状を付けてあの時のお礼をするので精一杯だった。
あの日の翌日はさすがに熱を出してしまい、足の具合も今一つで会社を休むことになり翌々日根性で熱を下げて出社して今に至る。
もう一度あの綺麗な人たち、特に男性がとても好みで眼福だったので会えないかなぁ……などと贅沢な夢を見ながら日々を送っていた私は、その夢が近々現実になるとは思わないまま憧れの帰蝶様を目指して今日も仕事に励んでいた。