第1章 砂漠の月00~70
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ここは婆娑羅学園の正門前。今、ここで一人の少女が一世一代の大芝居を打とうとしていた。
「うぅ……心臓が飛びでそう。ちゃんと出来るかな……」
正門の影で震える手を握り込んで、必死に緊張をなだめようとする少女は少し離れた場所から聞こえてきた声にピクリと肩を揺らすと息を飲んだ。
少女の名は小野月子。ひっそりと過ごしてきた彼女は容姿もはかなげだが性格も控えめで、要するに非常に影が薄い。かといって友人が居ないと言う訳ではなく、その性格が小動物の様だと可愛がられていたりする。
そんな彼女が今回一眼発起したのにはわけがあった。それは、近いうちにある見合いである。
彼女は親からの言いつけに逆らうということが出来ない。性格的にもだが、それ以上にそういう風に幼い頃から刷り込まれているせいが大きい。何より、普段は一般家庭と変わらないせいで、反発らしい反発をしようとも思わなかった。
しかし、今回はどうしても断れない縁談で、しかもその先はお受けする以外の選択肢はないと断言されてしまっていた。
「……出来ないなら、思い出すら手に入らないんだからやるしかない……」
うん、と一つ頷き覚悟を決めた頃、丁度正門の前にずっと待っていた人物がその幼馴染と通りかかった。
少女――月子は思い切って飛び出すと目的の人物に思い切って声を掛けた。
「尼子先輩、おはようございます!」
ピタリと幼馴染たちの会話が止まり、同時に声が大きすぎたのか周囲の声すら止まってしんっと静まり返る。
そのことに月子は内心で情けない悲鳴を上げて冷や汗を垂らすが、今更逃げ出すことも出来ない。震えそうになる身体に何とか力を入れて、ごくりと生唾を飲みこみながら尼子先輩と呼びかけた人物を見る。
相手は顔に誰だ? と書き込んだような表情で訝しげに月子を見ていた。隣に並ぶ幼馴染、特に織田市に向けるような柔らかい表情でも驚いた表情でもない。
そのことにズキリと胸が痛むが、初対面だから当たり前だと自分を叱咤して必死に笑顔を作って常の自分とは全く正反対の月子を演じる。
「私、小野月子って言います! 先輩のこと気になってたんで、今日こそはってお声掛けちゃいました。是非今後はお見知りおき下さいね!」