第1章 私は貴方に恋をした
序章
――数年前
「親父、俺が本当にあんたのとこ戻ると思ってたのか?」
「何っ?!」
「残念ながら、重要な証拠は全部ある官僚の人に渡したよ。ここにも警察が来る。年貢の納め時だ」
「貴様っ!! ただで済むと思うなよっ!」
「ふんっ、出来るもんならやってみろ。今のあんたにやられるほど、俺も準備してないわけじゃない」
とあるホテルの一室で開かれたシークレットパーティーを装ったその場所は、とある政治家が自分を支持する有力者たちに息子を紹介する場であった。
呼ばれたのは主に黒い噂ばかりを纏う人物ばかりでその政治家自身も汚職の噂が絶えず、それが事実であるという証拠が出ないだけでかなり黒に近いグレーだと言われていた。
そんな政治家のパーティーで、紹介の言葉と共に呼ばれた息子はスーツ姿ではなく綺麗に化粧を施し華美だが下品な印象を抱かせない振り袖を着こなして一人の男性にエスコートされながら現れた。
息子の手には分厚い茶色の封筒が一つ。中にはこれまでの汚職の証拠の数々が収められている。
もちろん、原本ではなく写しであり、原本は警察の上層部に居る政治家の息がかかっている者の手には渡らない様に厳重に保管されている。
「俺は、幼い頃に見たあんたの背中を追いかけたかった。でも、気付いた時にはその背中はもうとっくに腐ってた」
「ふざけるなっ! お前がなんであんな贅沢出来たと思ってるんだっ!」
「あんたが俺に渡してた金は一切使ってないよ。ほら、これも真っ黒な金なんだろ? 返すさ」
怒りで真っ赤になった顔で怒鳴る政治家を無表情に見下ろした息子は、懐から通帳と印鑑を出すと政治家の顔面に投げつける。
バサッと落ちた通帳がぱらぱらと捲れ、中には宣言通り一切手が付けられていない金額がただただ記載され続けている。
息子は無表情、無感動だった顔に冷酷な笑みを張り付けて父であるはずの政治家を見た。
「母さんは、あんたのせいで死んだんだ。俺が今回あんたの所に戻ったのはこの証拠を手に入れてあんたを破滅させるためさ。どうやっても逃げられない証拠も揃えたからな。せいぜい苦しめ」
「くっ……楓えぇっ!」