第1章 プロローグ
真っ赤に揺らめく水面(みなも)。
劈くようなキツイ匂いと、生温く落ちる涙。
幼き娘はそんな頬に触れる感触に嫌気をさして、白いセーターの裾で頬を拭う。
『血だ……』
だがそこにはベッタリとくっつく血液があった。それは、繊維に染み渡るように白のセーターにじわじわと広がっていく。
でもおかしいんだ。幼女には痛みがない。
『あれ?』
痛みのない身体に、幼女は首を傾げる。
そしてこの血が誰の者なのか、それは赤い血の海に転がる肉片が物語っていた。
『ママ?』
見るも無残なその姿。
数箇所の刺傷に、もぎ取られた腕が筋を成してその辺に落ちている。
いや、それだけじゃない。
女性の傍ら、男性らしき人と怪物が横たわっていた。だが、どちらも息の根はない。
これは、──夢?
思わず目を瞑りたくなる程の光景に、幼女の瞳孔は見開き、荒くなる息遣い。
幼女は嘘だよね?と言わんばかりに、死体に触れては揺れ動かした。
『なんで動かないの? なんで、ねぇなんで!』
起きて、起きてよ!!
『お願いだから、私と一緒に逃げて──』
いくら動かしてもビクともしない身体。幼女が諦めて崩れ落ちるとき、ふと、後ろから足音が聞こえた。
『誰!?』
「これまた随分敏感な娘やねー」
あの日はよく出来た満月だった。
白く輝きを放つそれは、ちっぽけな私たちを照らし、そしてそれは──
『貴方は』
「俺かいな? 俺は」
『?』
「──ただの傍観者や」
私を嘲笑っているかのようだった。