第8章 光風霽月【コウフウセイゲツ】
心配そうに坊主の様子を確める女に、三成は穏やかな声で言う。
「若君は大丈夫ですよ、奥方様。
この御仁に打つかって仕舞ったのですが、
助け起こして頂いた様で。」
その言葉に女は申し訳無さ気に眉を顰め、俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「では戻りましょうか。
そろそろ秀吉様が心配為さる頃ですしね。」
三成に促された女が軽く頷く。
そして三成は
「貴方もどうか息災で。
この先も良き途を。」
もう一度、俺に微笑み掛けた。
「有難う御座います。
坊主……元気でな。」
三成に抱かれた坊主の頭を撫でてやれば、擽ったそうにくしゃりと笑う。
その顔に、俺は二人の男の面影を確かに感じたんだ。
城門へ向かって歩いて行く三人の姿をじっと見つめていた時、女が突然立ち止まり振り返る。
そして俺と視線を絡ませてから、女の口がぱくぱくと動いた。
声は出ていねえ。
だけど俺にはちゃんと解った。
女の口は「ありがとう」と紡いでいたんだ…って。
高が一瞬の事だ。
もう女は俺に背中を向けて三成と連れ立っている。
その後ろ姿は滲んで暈けちまってた。