第12章 キミの匂いを忘れない
夜中、誰かがすすり泣く声が聞こえてきて、目を覚ました。
オレが眠りについた時、目の前にあったはずの彼女の穏やかな寝顔は、今は全く違う表情を浮かべていて。
またオレは、何か彼女を傷つけてしまうことをしたんだろうか、なんて不安に駆られた。
「…雪ちゃん、なんで泣いてるの?」
彼女はオレの声を聞いて、「起こしてごめん」と謝った。
そんなのいいよ、と言葉をかけながら、彼女の瞳から溢れる涙を指先で拭った。
『今日は本当にいい日だったなって』
「そんな理由?ちょっと、老けこむの早すぎるんじゃない?」
『あはは、確かに』
彼女はオレの胸にまた顔を埋めて、深く息を吸い込んだ。
さっきまで泣いていたくせに、急に『王馬の匂いは良い匂いだよね』、なんてあざといことを言うから、オレは話し始めようとしていた鉄板トークをド忘れした。
「…ちょっと、せっかく笑わせてあげようと思ったのに」
『ん?』
「なんでもないよ!そうだなぁ、雪ちゃんはね、機械に強そうなオイルの匂い」
『えぇ…それは残念すぎる』
「嘘だよー。シャンプーの良い匂い」
彼女を力いっぱい抱きしめて、柔らかい髪に顔を埋めた。
一度視界に彼女が入ってしまったら、そのまま眠ってしまうのがもったいない気がして。
今日はどんな良いことがあったの、なんて。
本当は全部知ってるんだけど、知らないふりをして、彼女に問いかけた。
少し戸惑いながら、彼女はオレを見つめて
私も、王馬に聞いてほしい、と
少しだけ嬉しそうに頬を緩めた