第9章 キミとの距離
「ーーーさん、逢坂さん!」
机に突っ伏しているうちに、いつから眠ってしまっていたのか。すっかり手放してしまっていた意識を、聞き慣れた声が呼び戻してくれた。
『……天海』
視界に、教室に立てかけてある時計が映った。昼休みがもう終わろうとしていることを告げているその針を見つめ、逢坂は目を丸くした。
「どうかしました?」
『昼休み、もう終わるの?』
「…え。もしかして、まだ昼食べてないんすか?」
『……。』
王馬が、帰ってこない。
『…王馬見なかった?』
「1-aに連れてこられてたっすよ」
『…誰に?』
何か、急用でも入ったんだろうか。王馬に持つようにしつこく言われていた携帯を、珍しく確認してみることにした。授業中に王馬から送りつけられていたらしい面白動画のURLが最後のメッセージで、昼休み以降は何も入っていない。
「大丈夫っすか?最原君に聞きました。なんつーか、赤松さんと喧嘩したらしいっすね」
『…喧嘩っていうのかな。喧嘩はしてないと思うよ』
「あんまり王馬君の言うこと、真に受けちゃダメっすよ」
『…うーん』
「いくら逢坂さんが王馬君のこと誰よりわかってるって言ったって、間違うこともあり得るじゃないっすか。それとも、逢坂さんには赤松さんがそんなこと言うような人に思えるんすか?」
『……んー。そこまで思ってないのかもしれないけど、それに似たことは話したんじゃない?私は別に楓に怒ってるわけじゃないよ』
「…そうなんすか?なら、赤松さんは勘違いしてるっすよ。…あと。逢坂さんに聞いておきたいんすけど、逢坂さんは王馬くんと一緒にいるためなら、俺たちと距離が出来ても構わないんすか?」
『…え?』
「別に責めてるわけでもないんで、素直に答えてください。いろんな考え方があって当然なんで」
『………私は…』
「…逢坂さん、聞いてるんすか?」
『あ、ごめん』
天海が逢坂の携帯をパッと奪い取り、ジッと逢坂の顔を見下ろした。珍しく深くため息をついた彼は、驚いている逢坂の携帯の画面を消して、返してきた。