第43章 喫するひと
「いいよ、兄さん」
たった一言で、櫻井は受け入れる。
真面目で堅物で、およそ常識的な彼は、少し可笑しいのかもしれなかった。
それも、この二人には関係の無いことだ。
櫻井が大野に無類の信頼を寄せるなら、逆もまた然り。
大野は櫻井を無条件に信用するし、何なら無意識の内に甘えてもいる。
そんなこと、完全には誰も知らない。
大野に至っては、自覚すらまるで存在しないのだから。
「やさしいね、翔くん」
とても綺麗に大野は微笑んだ。どこか蠱惑的に。
そうして、どちらからともなくキスをした。辞書に載るところのフレンチキスだった。
自然と、櫻井は大野を抱き締めていた。
夢にみていたのだから、少々がっつくのも無理はない。
つう、と唾液の糸が切れて、ようやく櫻井は我に返る。
しかしながら、濡れて光る口元と潤んだ瞳から目を離せない。
同時に、気持ちいいな、と初めてのように陶然とする。
手放したくないと考えた。
「……口寂しいなら、いつでも貸すよ」
「んふふ、ありがと。今度こそ、やめられるかもね」
別れ際、触れるだけのキスを残して櫻井は立ち去った。
その後ろ姿を眺めながら、大野は笑んだ。
コレは癖になっちゃうかもなぁ、と。
それから、ライターを捨てる。
お裾分けの一本など、大野は忘れてしまいそうだった。
それ以上の嗜好品を、ついさっき手に入れたのだから。
火を点けるだけの道具は、不要になったのだ。