第43章 喫するひと
きつめの煙草、大野が纏う臭いに櫻井は眉をひそめた。
内心、またかと嘆息する。
常習する訳ではないのに、まともに禁煙しようとしない。
そういう姿勢を櫻井はあまり快く思っていなかった。
理由はただ一つ、健康を害するから。
その他にもあることはあるけども。
櫻井がちらりと投げた視線に、大野はまたかとだけ思った。
心配されるのも決まり悪い。そういう風に感じていた。
けれど、櫻井は知らない。知らなかった。
彼が本気で止めれば、大野はきっぱり煙草をやめるのだと。
その事実も、その理由も、櫻井は知らないのだった。
「………別に好きじゃあないよ」
「なら、やめなって。体に良くないんだから」
「でもさ、寂しい……?だっけ?」
それを言うなら、口寂しい、だね。
櫻井はそんなことを思いつつ、けれど声には出さなかった。
平行線を辿るやりとりに辟易する訳ではないが、彼は大野を尊敬しているのだ。
傍から見れば、いっそ盲目的な程度には。
そう見えるというだけで、実際ケジメはつけているのだが。
大野が指で唇をなぞってみたり、挟んでみたりするのを櫻井は視界の端に収める。
彼にとっては、直視は出来ないことであった。
なんてったって、彼は大野を好いているのだから。
目に毒、というものだろう。
櫻井は大野の唇や口内を占拠する煙草をすら、嫌悪してやまなかった。
だから、彼はやめてほしいと思うのだった。自分は独占したくても出来ないのに、と。
それがあと一つの禁煙を望む理由であった。
無論、大野には言えない。
「あ、じゃあキスしよ。誰かが言ってた気がする」
「……羽目を外しすぎないでね?お願いだから」
「大丈夫だって。ほら、ちゅーしようよ。ね?」
突拍子も無い提案。青天の霹靂。
もしかすると、瓢箪から駒。たなぼた。
はあ、と櫻井は思いきり大声を出してしまった。
そんな彼の頬に大野は両手で触れ、目線を合わせて笑う。
冗談なのか、はたまた本気なのか。櫻井には判断出来ない。
いや、判断しなかった。しようともしなかった。
彼は彼なりに節度ある行動をするけれど、彼の最上は大野という男だった。
櫻井は大野に対し、盲信的でこそないのだが。
だがしかし、幸か不幸か、どこまでも盲目ではあった。
恋をしているのだから、当然のことだ。仕方ない。