第88章 頬を抓れば、すぐに分かる 弐
side.M
ソファに座る智さんの脚をマッサージし終えて、ふと顔色を窺った。
くすぐったがりだから大丈夫かと思ったけど、想像よりもどうにかなったようだ。
良かった、と安心したところで、化粧を落とした普段通りの顔に目がいってしまう。
さっきまで艶々のピンクだった、薄い唇。
あ、キスしてぇなぁ。そう、思った。
今の方がしたくなるな、なんて考えてしまった。
そんな思い付きが、欲求が、何故か自分に羞恥を齎した。
否、確かにそうだ。オレは先輩を、そうは見ていない。
なのに、どうして、こんなに。
どうするかも決められずに、咄嗟に口元を覆った。
オレの口は、お喋りの嫌いがあるから。
あーとか。うーとか。
纏まりの無い思考が、声になって掌の内で消えていく。
物珍しいから、とか。新鮮だから、とか。
失礼極まりないけど、でも、そうじゃなきゃ。
こんなにも落ち着かなくなる訳が無い。
ドキドキしちゃう理由も、無い筈なんだよ。
「さ、智さん……あの、さ。キスしよ」
使い物にならない理性は、当然、この妙に浮ついた心地を押し止めてくれない。
自分でも最低としか思えない言葉に、困惑と期待のような何かが半々の彼の面持ちに。
アレ何かおかしいな、とは思って。
僅かに残った冷静さが、そう思わせて。
けど、聞いてくれるからいっか、とも思えてしまって。
目の前で頷く智さんを、ただ見つめていた。
整った顔立ちなんだよなぁ、と。
何をしたくて言ったのかも考えずに、肯定を待っていた。
「確認しなくたって、いいよ………お前が、したいなら」
象られた微笑に誘われるように、手を伸ばして頬に触れる。
あなたはしたくないの?オレのこと好きなんでしょう?
不意に過った疑問には見ぬフリをして、キスをすることにした。
だって、じゃなきゃ。
─────────じゃなきゃ、何だっていうんだろう?
こんな無茶にも応えてくれる智さんのことも。
ソレを言ってしまう自分のことも。
もう一人では、考えることすら上手く出来そうになかった。