第40章 最後の勝負
謙信たちが春日山城を再び出発して間もなくの事だった。
廊下からかなり聞き覚えのある声が聞こえる。
『おーい、俺の天女、部屋にいるんだろ?』
これは間違いなく信玄の声だ。
『謙信たちが戻るまで姫の護衛を頼まれてる。部屋から出るなって言われたんだってな。だからあいつらが戻って来るまでの間、少し話でもしようか』
城の中とはいえ、何があるかわからないので護衛をしてもらえるのは正直ありがたい。
何も言わなくてもきちんと護衛をつけてくれた謙信の優しさに胸が熱くなる。
もちろん護衛がいてもいなくても部屋から出る訳にはいかないので信玄を招き入れる事になるのだが。
(別に部屋から出る訳じゃないし、守ってくれるわけだし、言われた通り指一本触れさせなければ大丈夫だよね)
信玄を部屋に入れると距離を取って座った。
『おいおい、そんなに警戒しなくても大丈夫だぞ。謙信のやつ、俺の事を何だと思ってるんだ』
『ふふっ、信玄様には指一本触れさせるなって言ってましたけど』
『そんな事だろうと思ったけどな。あいつらしいよ』
こうして信玄と2人だけで話をするのは久しぶりだ。
『あ、信玄様ごめんなさい。この部屋には甘いものがないんです。普段はあまり食べない様にしてるので。お茶だけですけど用意しますね』
『心配ない。甘いものならあるぞ』
『え?もしかして持ってきたんですか?』
立ち上がってお茶の準備を始めていたけれど、信玄が甘いものを持っている様子はどこにも見られない。
『いや、持っていないが。甘いものは姫の唇だ。その唇をかけて最後の囲碁勝負をしないか?姫が勝ったらこれを返すよ』
そう言いながら信玄が取り出したのは、信長から渡された大切な懐刀だった。