第29章 安土城へ
今まで誰もその存在を口にしなかったのは、蘭丸がすでにこの世にいないと思われていたからだろうと容易に想像できる。
『信長様に挨拶したいから安土城まで行きたいんだけど、実は道に迷っちゃって』
『そっちから来たなら逆方向だぞ。俺たちと一緒に来い、安土城まで戻るところだからな』
ふと蘭丸が佐助に視線を向ける。
『ねぇ、忍のお兄さんはなんでここにいるの?織田軍の忍じゃないよね?』
それはほんの一瞬なのだけれど、佐助と蘭丸が睨み合った様に見えた。
(えっ?……やっぱり気のせいだったのかな、すぐに目をそらしちゃったみたいだし)
『蘭丸君、話すと長くなるけど佐助君は私の友達なの。色々あって安土城まで一緒に来てくれているんだよ』
『そっか、じゃあお姉さんは?何で政宗様たちと一緒にいるの?』
その質問には家康が答えてくれた。
『直美は今、安土城に住んでいるんだ。これでも一応織田家ゆかりの姫だから下手に手を出したら蘭丸でも信長様に斬られるからね』
『そっか、つまり信長様の大事な人なんだ。俺がいない間に色々あったみたいだから、後でゆっくり話を聞きたいな』
一通りの質問を終えると5人で安土城に向けて走り出す。
先頭の政宗に並んで馬を走らせる蘭丸の後ろ姿を、佐助は目を細めながらじっと見つめていた。