第1章 記憶喪失
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───── 消毒液の香り。
漸く目を覚ました中也との暫しの沈黙。
視線を絡ませているのも関わらず、
声を荒らげる所か悪態すらも吐かず、
ただ目の前に居る元相棒は私の顔を見詰めていた。
「 … どうしたんだい ?」
太宰は思わず問い掛けた。
「 ………………… 」
然し矢張り彼からの返答は無いままだ。
どうしたのだろう。
「 …ココは、どこだ。 」
「 ── へ?ああ、ヨコハマの病院だよ。」
「 … 病院。じゃあ、」
『 手前は誰だ 』
「 ──── へ? 」
ちょっと待って。漸く口に出した科白がそれ?
「 もー冗談辞めてよ、」
「 …… 」
___嘘でしょ。
君の中から太宰治という一人の人間が
消え去ってしまったとでも言うのかい。
そんなの、私はっ、……私は。
「 私の名前は太宰治。君の元相棒じゃないか。…本当に忘れてしまったの?それとも何時もの嫌がらせ?」
「 …悪い。思い出せないんだ。何もかもが。」
其の一言を告げる彼の表情は実に現実的なもので。
ああ、これが俗に言う‘記憶喪失’の類なのだと、
太宰治は思案するしか他に思い付かなかった。
「 … でも安心しろよな!俺たち相棒だったんだろ?ならきっと直ぐに思い出す、はずだから、…だから、」
そう、ただ泣きながら告げて来る中也を、
中也であって中也では無い元相棒の姿を、
私もまた、ただただ微笑みながら、
「 そんなに急がずとも大丈夫だよ。 」
と、見ている事しか出来なかった。
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END.