第9章 summer memory④
《及川side》
「書けない・・・・・・まだ、心が決まってないな・・・」
情けないな。だっさいな。たった1枚の紙に、自分の名前を書いて、すべて終わりにすることも出来ない。
俺の心はあの日から時間が止まったかのように、何も進んでない。
ただ時間だけが過ぎていき、俺と彼女との溝はもう埋められないところまできていた。
俺だけに向けられた笑顔も、温もりも、今はどこを探してももう色褪せて消えてしまった。まるで砂のように、俺の手から、指の間から零れ落ちていった・・・
愛してるのに、愛せない。
あの笑顔が、体が、
俺以外の誰かと交わったことが許せなくて、
彼女がわからなくて・・・
そんな事、もうどうでもいい。綺麗に流してあげるよなんてあの時言えたら、君は今も俺の腕の中にいてくれたのかな。
考えればただ苦しい。
荒れた大地が雨を求めるように、温もりが欲しかった。
だけど一番欲しかった温もりに触れることは、もうできない。
ならば俺は・・・俺は、俺は・・・・・!
その時、ふわりと俺の頭を包み込む温もりがあった。
「え・・・?」
りお・・・?
りおは俺の頭を抱きしめ、そっと髪の毛を撫でた。
細い指先が、震え混じりに俺に触れている。
「辛いよね・・・忘れるなんて、できないよね・・・」
優しい、けれど、芯の通った声が頭の上から降ってくる。
「・・・・・・・・・」
「私、及川さんに代わって泣いてあげたいけど、そんなことしたって救われないもんね」
同情じゃなくて、ただ心に寄り添ってくれる。
「だけどね、及川さん・・・。一時だけでも、忘れられる方法なら、私、わかるよ・・・」
りおの体がすっと離れた。
代わりに俺の顔を両手で包み、目線を合わす。
「・・・及川さん」
その瞳は、何かを覚悟した色をしていた・・・・・・
「私のこと、抱いてください」