第9章 summer memory④
《りおside》
ーーー・・・
「それから、及川は実家で暮らし始めた。程なくして、あんたが居候してきたって聞いたな・・・」
「・・・・・・・・・」
「それから、暫く及川は嫁と一切連絡を取らなかった。どれだけメールが来ても、着信が来ても、及川の実家にくるまで話はしないと決めていたからな、でも、嫁は家には来なかった」
ずっと、及川さんは・・・待っていたんだ。
奥さんが家を訪ねてくるのを・・・。
「そしたらこないだ、あんたに手紙を渡してきたってな?その手紙の内容は、"全ての行動の非は、私にあります。大切な話があるので、一度家に帰ってきてくれませんか"だっけか?確かそんな内容だ」
及川さんは、その手紙を読んで飛び出していったのは、奥さんに会いに行くため・・・
そしてそこで、もっと傷つくようなことを、聞かされたんだ・・・
「不倫相手との間に子供ができた。慰謝料、どれくらいでも払うから、離婚して欲しい・・・と。あいつの嫁に、離婚届を渡されたらしい」
「っ!!」
衝撃に、口元を覆う。喉がキュッと締まり、頭が、思考が停止する。
「あんまり、だよな・・・。旦那のこと裏切っておいて、あの家で不倫相手との関係をまだ続けていて、それで子供が出来たから別れてくださいって・・・あいつのこと何だと思ってんだろうな」
岩泉さんの言葉に、こくん、と頷くことしかできなかった。
一番愛していた人から裏切られて・・・
勝手に別れを切り出されて・・・
だからあんな・・・
あんな哀しい顔をしてたんだ。
「酷い・・・」
怒れる感情に、拳を握る力が強くなる。爪が皮を破り、血が、滲むくらい。
「・・・やめろ」
岩泉さんが私の感情の震えを抑え込むように静かに言い放った。
握っていた私の拳を、岩泉さんの大きな手が、優しく解いていく。
「一番大切に思っていた奴に裏切られた今も・・・あいつは離婚届に名前が書けていない。相手の事を、苦しいくらいに憎んだ・・・でも、それでも愛した女だから。離婚が成立すれば、妻は元・妻になり、別の誰かのものになる。及川は・・・ひとりになるのが怖いんだろうよ」