第9章 どっちがいいんだ
突然、秋也が有の肩をワシ掴みにした。
「んっ、ツ…!」
驚いた有が動きを止める。そのスキに体勢が入れ替えられ、秋也が彼女の上にのしかかった。
一瞬何が起きたのかわからなくなった有は、目を大きく開いて秋也を見つめた。しかし秋也は彼女に何を言うでもなく、そのまま黙ってしまった。
部屋の中は、先程までの熱気が嘘のように静まり返った。
「秋也くん…あ…ハァ…。わ、たし…」
落ち着きを取り戻した有はバツが悪そうに目を逸らした。
「恥ずかし…。みっとも、ないね…ハァハァ…」
有は心臓に手を当て、呼吸を整えようとした。
結合はまだ続いており、彼女の体内では秋也のものが焼けつくような熱を放射している。
落ち着こう、落ち着こうという意志とは裏腹に、有の肉壁は秋也をきゅうっきゅうっと締め付けていた。もどかしさが体を襲う。どうかすればすぐまた腰をすりつけて、秋也を求めてしまいそうだった。
こうして体を重ねてはじめて、有はセックスというものを理解した。心が満たされる。それが、1人でする自慰との違いだった。愛する人間とひとつになっているという充足感は、彼女の脳をとんでもなく幸せにして、そして狂わせる。だから止められなかった。
多分秋也を得るためなら、どこまでも狂うことが出来るだろう。
有は秋也の顔を見上げた。なのに秋也は彼女と目も合わせず、沈黙し続けた。
豹変した自分に呆れたのかもしれない。
有は怖くなった。
そんなはずはない、秋也くんはそんな人間じゃない。でも、じゃあ、何を考えているのだろう。
わからなかった。
「秋也くん…何か言って」
考えがわからないことほど恐ろしいものはない。人間なんて、腹の底で何を考えているかわかったものじゃない。
自分がそういう人間だった。だからいっそう怖かった。
「何か言って…」
何でもいい。秋也の言葉が聞きたかった。
「…」
秋也は小さく口を開いた。