第1章 【織田信長】恋に揺蕩う
「何を言うか。まだ逢瀬は終わっておらぬ、そうだろう?千花」
「…え?まだ何処か、行く所が…?」
「俺の褥だ。往くぞ」
その言葉に驚くも、ぐい、と手を引かれる力に抗えず、転げそうになりながら付いていく。時折抵抗する様に踏ん張ってみるけれど、全くの無駄だった。もう天守も目の前、という所で、とうとう堪えていた物が溢れ出す――
「っふ、う…!」
「…何故、そうまで拒む」
「だってっ…こういう事は、好き同士でやる物だって言ってるじゃないですかっ…」
「尚更、問題無かろう」
信長様が足を止め、涙を押しとどめるかの様に私の眦をぐい、と拭った。
「俺は貴様を好いていて、貴様も俺を好いている。これ以上何処に問題がある」
その言葉に呆気に取られ、涙も止まった。信長様は間抜けな程目を見開いている私を、じっと自信ありげな笑みを湛えて見つめている。
「信長様が、私を?」
「そうだ」
「だって、そんなの、一度も言わなかった…」
「言葉に出さずとも、態度には出しているつもりだったが。現に幾度も誘っていただろう」
「だ、だって!あんな冗談混じりで言われても、本気だなんて思わないっ…」
抗議めいた私の言葉を受けて、信長様の目がすっと細められた。凄みのある表情に、思わずぞくり、と背筋が粟立つ。目をそらせば良いのに、それも出来ないまま、ただただ、見詰め合う。
ゆっくりと信長様の口が開くのを、何を言うのだろう、とじっと待つ――怖いのか、はたまた期待しているのか。
「ほう…本気、とは?俺はいつでも何に対しても、全力で挑んでいるつもりだったが。貴様がそのように宣うなら、足りないのであろうな」
「いや、あ、の、」
すっ、と繋がれていない方の掌が私の顔の横をすり抜け、後ろの壁に着いた。
「未だ逃げる気か?」
「…この状態では、逃げようったって無理そうです、ね」
「…なら好い加減、諦めて俺の物になるか」
楽しそうに、くっと喉を鳴らした信長様の顔が近付いて来る。耐え切れずに目を閉じる――何処から彼の意のままになっていたのか、もう分からないけれど。ゆらゆらと揺蕩うように、彼の方へとおちていく。