第4章 【徳川家康】ちびっこシンドローム
春の麗らかな陽気に誘われ、私と家康は例の花畑にきていた。
冬のそれとは違い、温度や色、匂いを持っているような風が鼻をくすぐる。
揺れる花に手を伸ばそうとして、しかし手折ってはいけない、と引っ込めた。
そんな私を、いつもよりうとうととした表情で、家康が見ている――
「家康、寝てていいよ?お疲れでしょ?」
「…勿体ないでしょ、久々の休みにさ」
二人きり、は久しぶりだった。
最近政務が立て込んでいて、顔を合わせて口を開けばお互いの体の心配ばかり。
見かねた秀吉さんに、二人共休め、と無理やり朝から城を追い出され。
突然の事で行く宛もなく、引き寄せられるように花畑へと足を運んでいた。
「いいんだよー、家康の寝顔を見てるだけで楽しいから、ね?」
「…なら、お言葉に甘えるけど。あんまり見ないでよ、恥ずかしいから」
照れてる顔も可愛いな、と、口に出しかけて、怒られるだろうからやめておく。
怒られるどころか、倍返しにされる可能性が高い…彼はとにかく、私の心を擽る手立てを幾らでも持っているのだから。
彼が小さな寝息を立て始めて暫く。
そよそよと優しく吹いていた筈の風が、ざわざわと音を立て始めたのに気付いた。
生温さと湿度を感じる風に、もしかして雨が降るのかな、と遠くを見てみるも。
青い空、緑が濃くなり始めた山々…そんな雲も無いしな、と首を傾げる――そしてその時、目も開けていられないほどの突風が吹いた。
思わず、両手で顔を覆う。
随分長い事、その風は吹き荒れていたように感じ――収まったようで、おずおずと目を開ける。
変わらず、何も無かったように咲き乱れる花々に、散らされなかったんだ、と安心して。
傍らの家康は大丈夫かな、ふわふわ髪の毛にゴミなんて絡んでないかな、と目をやる――
「い、え、ぇえ…!!」
そこには、もうどう見ても家康なのに家康じゃない、男の子が一人、寝息を立てていた。