第10章 激しい雨の中で
結局、俺の唇の傷が治っても、
潤は帰って来ないどころか、
連絡ひとつよこさなかった。
夕方、大学から帰って来ると、
偶然家の前で翔くんに会った。
隣に住んでいても、実際こんなもんなんだな…
「あ、翔くん…」
「智くん、久しぶり…顔、よくなったね」
「うん…あのさ…」
「潤のこと?」
俺は翔くんの大きな目を、久しぶりにまじまじと見た。
「毎日LINEはしてるよ…
既読にはなるから、生きてはいるみたい…」
「翔くん!!」
「あ、ごめん…でも、俺さ、
絶対帰って来る気がしてるんだ…
潤は絶対に、俺のところに戻って来るって…
なんてさ…驕りかな~…」
そう笑った翔くんの横顔は、
今の俺には眩し過ぎた。
……驕りなんかじゃないよ。
俺もそう思う…
潤は必ず…俺じゃなくて…
俺たち家族じゃなくて、翔くんに…
翔くんの側に戻って来る…必ず…
「連絡あったら教えて」
そう言って、翔くんはさっさと家の中に入ってしまった。
見えなくなるまで、彼の背中を見送りながら、
心の中で小さく呟いた。
『さよなら、翔くん……』
ずっと好きだった…
子どもの頃からずっと…
でも、もう…
夕暮れの風が、汗ばむ頬を撫でていった。
自分でも、不思議なくらいに穏やかな気持ちで、
惜別の日を迎えられたこと…
翔くんを思って過ごした10年以上の想いに、
俺は静かに蓋をした。
目を閉じると…
涙が一滴頬を伝った。
これでよかったんだ…
最後にこんなことになったけど、
ちゃんと伝えられて、そして、受けとめて貰った…
それだけで、本望だよ…
ありがとう…翔くん…
アリガトウ……