第10章 新月
「なぁ、好きになれ…なんて言わないから、今日は朝まで一緒に居させて。」
影山くんはそう言うと、私を包む腕に力を込めた。
何だか影山くんの温かさが心地いい。
温かさに包まれながら、考えているのは蛍の事だった。
いくら利用していいって言われたって…影山くんの腕の中で蛍の事を考えるなんて。
本当に私、最悪な奴だ。
そうは思っても、蛍の事を考えずにはいられない。
ずっと…蛍だけを見てきた。
蛍の隣が私の居場所で、私の未来だと思ってた。
未来も居場所も…同時に無くした。
そう思うと、嫌でも涙が溢れてくる。
私から背を向けて逃げ出したくせに。
これで…良かったのだろうか?
もっと他の道は無かったのか?
中学の頃に戻れたら…。
例えば10年以上毎年欠かさずに渡していたバレンタインチョコを、一度でも照れずに本命だと伝えていれば。
週末になると2人で出掛けていたのだって、これってデート?と冗談でも聞けていれば。
両親と離れて一人暮らしを始めた時、蛍と離れたくないって…それがここに残った理由だって、伝えていれば。
何で朝起きれないのに、部活のマネージャーなんてするの?って呆れる蛍に、蛍の一番近くで応援したいからだって伝えていれば。
どれか一つでも出来ていたら、
何か…違う未来があっただろうか?
「ちょ…冗談やめてよ。」
蛍が本気で困った顔して、そう言うのが怖くて、ずっと逃げてたんだ。
そして、今も…。
何も言わない影山くんを腕の中から少し見上げる。
影山くんまで巻き込んで…、
結局、蛍と向き合うことが怖くて逃げてる。