第8章 朧月
どれくらいの時間、皐月を抱きしめていただろう。
数十秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。
[ブーッブーッブーッ]
室内で鳴る携帯のバイブ音に、中断される。
「あっ…ちょっと、ごめん。…とりあえず入って。」
皐月は涙を拭いながら、スタスタと室内を進んで行く。
入ってと言われたので、スニーカーを脱ぎ、お邪魔する。
女子の部屋なんて…ここ数年は踏み入れた記憶もない。
いきなり好きな奴の部屋なんて、ハードルが高くはないだろうか。
ふと、部屋の奥のベッドに目が行く。
少し乱れたシーツが、先程皐月の手首に見た跡と重なって、良くない想像が広がってしまう。
慌ててベッドから目線を外し、皐月を見る。
皐月はこちらに背中を向け、手元の携帯を見つめていた。
携帯のバイブは、何度も切れては鳴り、切れては鳴り…を繰り返している。
しつこく電話がかかってきてるのだろう。
出ないのか?
そんな野暮な事は聞かない。
皐月の肩越しに、ディスプレイを覗き込む。
[月島 蛍]
想像通りだったので、その事には驚きもしない。
それよりも…皐月のうなじにくっきり残る紅い跡に目が行く。
マジか…。
さっきから感じてた、イライラと同居する自身の昂ぶりがありありと感じ取れる。
「影山くん…」
そんなこっちの状況などお構いなしに、皐月が肩越しにこちらを見上げる。
俺の理性はとっくに崩壊寸前だ。
返事も出来ずにいる俺に構わず、皐月が言葉を続ける。
「私…蛍とちゃんと距離を置く。」