第3章 薄月
「お…おい。」
出て行ってどうなる?
何て言葉を掛けるつもりだ。
皐月だって…何も言われたくないだろう。
でも…その涙が本物なら、俺が泣き止ませないと。
何故かそう思ったんだ。
「か…影山…くん。」
俺の声に、ビクっと驚いた皐月は、
こちらを見上げて更に目を見開いた。
「あ…あの、私…ちょっと…えっと…お腹!私、お腹が痛くて…それで…」
えへっと俺のよく知ってる顔で笑いながら、
しどろもどろに言葉を繋ぐ皐月の様子が健気に見えて、堪らず腕を引っ張って、自分の腕の中に閉じ込めた。
「え…影山くん!?えっと…」
自分だって、何でこんな事してるのか、わからない。
皐月がどんな女なのかも、今はよくわからない。
でも、さっきの涙は嘘じゃないって…わかる。
「何も言わなくていい。俺には嘘もつかなくていい。泣きたいなら、ここで泣けばいい。だから…1人で無理するな。」
ジタバタともがいてた皐月がピタっと動きを止めてこちらを見上げた。
「影山くん…見ちゃったの?」
上目遣いが可愛くて、思わず抱きしめる腕に力が入る。
あくまでも、皐月にバレない程度に。
「すまん。たまたま通りかかって。話も聞こえた。」
「…。恥ずかし過ぎて死にたい。」
「なぁ、皐月。1つだけ聞いてもいいか?その…月島には…無理矢理されてるのか…?」
一度俯いた皐月が、ガバっと勢いよく顔を上げた。
「違うの!蛍は悪くないの!!でも…なんで…なんでこんな事になっちゃったんだろう…」
だんだん小さくなる声に、皐月が消えてしまうんじゃないかと思えて、更に腕に力を込めた。
「なんで…なんで…」
俺の腕の中でそう繰り返す皐月の瞳から、涙が零れた。
遠くで1限目のチャイムが鳴っていた。