第13章 弄月
どれくらいの間、蛍の手の感覚を楽しんでいただろう。
飛雄に悪いと思ってはいるが、
この泣きそうなくらいに温かくて懐かしい時間を自分から捨てることは出来なかった。
今だけ、許して。
眠ってしまってはもったいないと思いつつも、
疲れも助けて、すーっと意識が遠のくのがわかった。
そして、温かな夢を見た。
憧れて…そして何度も自分の中で否定し続けてきた夢だ。
「いい加減気付きなよ。僕が和奏を好きだって事。こんな当たり前の事、いちいち説明させないでよね。」
夢の中の蛍は、いつもの呆れ顔でそう言った。
何て…都合のいい夢だろう。
くいっと、頭を後ろに引っ張られる気配がして、
うっすら眼を開ける。
叶うならば、まだこの夢を見ていたい。
「ごめん。起こしちゃったね。」
「け…い…?」
後頭部の方から蛍の声が聞こえて、そちらを振り返る。
そうだ。蛍が頭を撫でてくれてて…だから、あんな夢を…。
「…なんだ……か。」
蛍が何か言ったが聞き取れずに、しっかりと顔を見る。
あっ…。
体から血の気が引くのがわかった。
夢の中で呆れながら笑った蛍も、
先程までの心配そうにしていた蛍も、
そこには居なかった。
「蛍…?何か言った…?」
「普段から体調管理に気をつけてる和奏が、合宿のタイミングで体調崩すなんて、おかしいなとは思ってたんだ。」
そこには、見覚えのあるイライラした蛍がいた。
私…また、何か蛍を怒らせるような事…した?
「ごめん…なんの話ししてるのか…わからない…。」
何だか蛍が遠くに行っちゃいそうで怖くなり、
引き寄せたくて上半身を起こした。
私が蛍に手を伸ばす前に、蛍が堰を切ったように話し出した。
「彼氏とヤリ過ぎて、疲れて…体調不良?可笑しすぎて笑えないよ。それとも和奏は淫乱だから、王様のじゃ物足りなくて、何回も頑張っちゃったとか?」
な…んで?
何で、そんなこと言うの?
「王様で満足出来ないなら、言ってくれればいつでも抱いてあげたのに。」
蛍にはバレてるんだ。
飛雄と付き合ってるのに、
今、あんな我儘な夢を見ていた事。
飛雄と身体を重ねているのに、
蛍に触れたいと願ってしまった事。