第38章 眇の恋心
泣いているあいだずうっと、勝己くんはそこに居た。
いつもは怖い彼だけど、今はここに居てくれるのが嬉しくて。居てくれるだけでホッとして。
ありがとうと言おうとしたけど、喉がしゃくりあげてできなかった。
それからしばらくしてから勝己くんは、いつものように声を出す。
「おい口開けろ。」
「…ひっく、なん…っで?」
「つべこべ言うな。」
「…っく…っうん。」
その言葉の言う通り、私はあーっと、バカみたいに口を開けた。
口を開けるとどうしてだか、涙がすうっと引っ込んで、心がどんどんと落ち着いていく。
心から、悲しいことが剥がれていくような感覚がした。
「あえ?」
「あほ面で喋んな。」
そっかこれは、涙を止める方法だ。
勝己くんは、涙を止める方法を、教えてくれたんだ。
それは私の知っている方法とは正反対で、
とても優しく、柔らかい。
嬉しくて、さっきとは種類の違う涙が頬を伝った。
視界はだんだんとはっきりとして、目の前の勝己くんが良く見えてくる。
「あお」
「まだだ。」
「うぇ、っむぐっ」
あけっぱなしの口を閉じようとすると、口の中に何かを放り込まれた。
もぐもぐと口を閉じ、口の中のその球を、ゆっくりカラコロと転がした。
ポイッと乱暴に放り込まれたのは、甘くて酸っぱい初恋の味。
切なく苦い、レモン味。
「…ありがとう…。」
その時の飴ちゃんは、今までで一番美味しかった。
飴ちゃんをくれた優しい勝己くんは、すごく可笑しくて、私は腫れた目のままにっと笑った。
そんな私を見た勝己くんは、下を向いていつものように、ふてぶてしく鼻を鳴らした。怒ったりしなかった。
「勝己くんがいたから私、頑張れたんだよ。ありがとう、ほんとうに!」
「いきなりなんだきめぇ。」
いつものように悪態をつかれたけれど、今はこれでいいと思った。
「泣いたらお腹すいちゃった。」
「ハッ、ガキ。」
「今日はガキでも、いいかもなぁ。」
風になびく梢の音が、優しく鼓膜をノックして。
頬を撫ぜる風はまだ少しだけ暖かく。
瞬く星に照らされて。
私たちは部屋へと帰る。
悲しかった心は今
どこか、清々しかった。