第34章 〈番外編〉君は夏に微笑む
「ひよこは、いっつも私を気にした笑い方をしていました。心からじゃない笑顔でした。……出久くんにはたくさん笑うのに、どうして私には…って、勝手にあせって…」
つらつら連なる言葉は、涙とともに流れでる。
言葉を出せない男の方は、ただ黙って彼女を見つめた。
「それである日、初めて本当に笑ってくれました。“おかえりなさい”って、なんてことない言葉を言った時だった。」
女はぎゅっと胸を握りしめて、絞り出すように続けて
「それで、おもったんです。ひよこが笑ってくれたら嬉しくて。私がいることでひよこが笑っていられるなら、私はなんだって…出来るって。」
コップは結露をはじめ、汗をかき始める。
そんなコップとお揃いに涙を零しながら、女は続けた。
「私、母親には、母親代わりにはなれなかったけど、ひよこのために何も出来なかったかもしれないけど……でも…!!私はいつだってひよこの幸せを願ってる!」
くっと顔を上げ、きっと男を見つめる。
その目には大きな大きな決意がこもって、
“母親”の想いの強さに、
男は少し、たじろいだ。
「だから…だからこそ……ひよこを任せたいと思います。」
「え…」
彼は否定の言葉を覚悟していたのに、
その真っ直ぐな言葉は否定するものとは真逆で
「ひよこ、雄英に行ってから……ずっとずっと笑顔が増えたから。」
「でも、」
「正直信頼できません…。でも、ひよこ、雄英に行ってたくさん笑ったんです。雄英は、守るって、今度は頑張ってくれるんですよね。それなら」
涙で濡れた真っ直ぐな瞳を、前に向ける。
その目はきらきらと、“母親”のもので。
「ひよこさんを、必ず守ってみせます。」
頭を下げて、真っ直ぐに。
男は優しく決意を込めて、
“約束”をした。