第27章 once upon a time
Side 緑谷出久
息が、出来なかった。
そんな状態で、声を出せるはずもなかった。
先生の声が途絶えて、あ、話し終わったんだって少し経ってから気づいた。
身体が動かなくて、頭が回らなくて、口も回らなくて。
指が先から冷えていくのを感じる。
僕の目はただ床を写すことしか出来なくて、それもボヤけてちっともなにも見えなくて。
ずっと、言葉一つ一つに殴られて。
それらは僕に、確実に、着実にダメージを蓄積させていって。
立っていられるだけ褒めて欲しかった。
「うそ、だろ……?…まてまて、わけ……分かんねぇって…」
「そんな……ひよこちゃん……」
無音から抜け出して辛うじて出た声も、意味のあるものではなくて、言葉はそのまま生ぬるい空気に溶けていく。
僕は、ひよこちゃんのこと、なんにも知らなかったのか?
今まであんなにそばにいたのに、自分の重荷にかまけて、なんにも気づいてなくて。
一番、そばに居たのに。
「……お前ら、助けに行こうとか、そんなこと考えてたんだろ。……やめろ。ここはプロに任せるんだ。安藤が敵の元にいる限り、どんなことをされるか分からない。」
でも、も、それでも、も出なかった。
相澤先生の、僕らの知らない苦しそうな顔に、何も言えなかった。
ヒーローカインドネスは知ってる。
10年ほど前に敵になって、凄惨な事件を起こした犯人。それだけ、知ってる。
“最低な”ヒーローって言われてて。
その人は、ひよこちゃんのお父さんで。
ひよこちゃんが、その大好きだったお父さんを、自らの手で、“敵”にしてしまった。
その日はそのまま、全くピントも合わないままただ家路をたどった。
ふらりふらりと家に帰っても落ち着くことはなかった。
汚れた服のままぼふんとフトンに沈んでも、それでもピントは合わなくて。
耐えられなくなって、家を出た。
そしたらなんでか、涙が出た。
ひよこちゃんは、その日、その誕生日の前の日、涙を流したのかな。“ちゃんと”悲しむことは、できたのかな。
そばに、いてあげたかった。
涙は、止まらなかった。