第26章 ヒーローの顔を見る。
Side 切島鋭児郎
「先生。」
「なんだ。」
変なチンピラみたいな格好のままの緑谷は、肩に力を入れたまま力のある小さな声を出す。
「ひよこちゃんは…。なんでひよこちゃんが攫われないといけないんですか?」
「それは、」
「だって、かっちゃんみたいに凄い個性あるわけじゃないでしょう?なにか突出してる訳じゃないでしょ!?ただ…誰よりも優しいだけで…っ…。」
「安藤の、個性は…」
「ひよこちゃんの個性って、なんなんですか!?」
座ったままの爆豪が、声のする方へ鋭い視線を向けた。多分声を上げるためじゃなく、ただそちらを見上げるために。
相澤先生が一瞬こちらを向いたように見えて、俺はバッと下を向いた。
必死な緑谷に、こんなにも感情的な緑谷に、俺は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
知っていたのだ。
俺だけが。
緑谷は知らないのに。
本当だったら、きっと自慢したくなるようなこと。
俺はお前の知らないことを知ってるんだって、きっと自慢したくなる。好きな子のこと、こんなにも知っているって。
でもコレは違う。
この場合は全然違う。
知っていたのは、俺だけなのに。
知っていたから出来ることだって、きっとあるはずだったのに。
ぐっと手を握りしめ、歯も、ぎっと噛み締める。
「はぁ……。」
先生は大きくため息をつき、自身の頭をガシガシとかいた。会見のためにオールバックにしていた髪がほろほろと解けていく。
そして、
「飯田。お前、これからクラス全員呼び出せ。」
と言った。
「…はい?」
「黙ってるってのが無理な話だったんだよ。個性なんてものは一生付き合っていくものなんだから。」
「だから、なにを」
「これから、臨時HRだ。」
くたびれたサラリーマンのような先生が、“先生”のような言葉を発する。
眠そうな目も今は違う。
そんな目をまっすぐ見られないのが、今の俺だった。
「な、なんのHR…なんですか。」
「安藤のこと、話すよ。ずっと話してなかったあいつのこと。……あいつが帰ってきた時の、居場所をつくらないと、いけないからな。」
『人を、敵にするって、もの。』
あの淋しい響きが耳に蘇って、俺はもう一度下を向いた。