第1章 波乱の幕開け?
「勿論競技じゃないから、膝と相談してジャンプの難易度は変えて良いよ。お前なりの解釈で『エロス』を表現出来てればOK」
「いや、デコはそうでも勇利の気持ちを聞かんと!」
「僕なら良いよ。それで、純の本気のスケートが見られるなら」
あっけらかんと返す勇利に、純は益々頭を抱えた。
「君ってホンマ、一見Mっぽいけどその実ドSなトコあるよな…」
「えぇっ!そ、そう?」
僅かに狼狽える勇利を見てから、純は大きなため息を1つ吐くと、やがてゆっくりと顔を上げた。
「無理や」
「純…」
「──今すぐには。せやから、あの『エロス』を滑るには5…いや、3日程時間が欲しい。その間に準備をして、構成なんかも君らに伝えるから」
そう答える純の表情が、穏やかだがそれでいて真剣になっているのに気付いた勇利は、思わず嬉しさで口角を綻ばせた。
何故なら、勇利は純のこの顔を、競技を通じて何度も見た事があったからだ。
「OK!じゃあ、早速明日以降に備えて今夜は休もう♪長谷津の時みたく皆でお風呂入ろうか?」
「絶対ニェットや!」
「あのバスタブじゃ、3人も入れないよ!」
はしゃぎながらマッカチンとリビングを出るヴィクトルを、勇利と純は慌てて追いかけた。
翌日。
メールを貰っていたものの、純の様子が気がかりだったユーリ・プリセツキーは、リンクで勇利と談笑する彼の姿に「カツ丼と仲直りしたのか」と、安心した。
そのまま彼らの横を通り過ぎようとしたが、
「勇利。EXはジャンプが少ない分、もう少し他の要素をクリーンに見せる事は出来ひん?こんな風に」
おっとりとした口調の後で、純が実際に滑ってみせたイーグルに、思わず動きを止めると見入ってしまう。
「何あれ、すっげぇディープエッジ…」
「よくあそこまで、スピードも上体も崩れずキープできるな」
周囲のざわめきも構わず軌道を変えて勇利の元へ戻って来た純は、何やら文句を言いながら口を尖らせている勇利を見て笑っていた。
そして彼らから少し離れた所では、勇利と純を面白そうに見つめるヴィクトルと、一見判り難いが否定的ではない視線を送るヤコフとリリアの姿があった。