第3章 拳
床に入って寝付けないでいた。
天井に向けて手を伸ばす。手の形、指の節々を眺めながら、ぐっと強く握った。
力を込めた自分の拳は、そのわざとらしさであまりに情けない。
手のひらの肉や皮膚の感触、皺に滲む汗。何もかもが鬱陶しく思えて、固く握ったそれを開く。
だがなぜかまた閉じてしまうのだ。
込めたものはなんだ? ちからなぞではない。
では何だと云うのか。開いては閉じて、開いてまた閉じて、何を開いて、何を閉じる?
ぼそり、彼に問うたら、すぐさま判らぬと返答があった。
「なんだ起きていたのか」
「問うておいて何を言っている。馬鹿なことを抜かすな、眠れ」
「いや眠れぬから問うたのだ」
呆れたと言わんばかりの溜息が聞こえた。おれに聞こえるようにわざと吐いたのだ、彼は。
だが嫌な気はしない。馬鹿げている、それはとうに自覚している。
こんな問いは、あまりにも軟弱だ。
「おれは本当に馬鹿だよなあ」
「そうは言っていない」
「いや、馬鹿なのだ。だから答えのない問いに悩んで、はは、頭が冴えてしまった」
いっそのこと殺してくれ。
声を殺して囁いた。息だけの音が哀しく鳴った。
「お前は馬鹿などでは、ない」
ふっ、と彼が呟いた。
それからおれはいつの間にか、突然思いついたかのように眠ってしまった。彼の最後の言葉に安心したのやもしれない。
それが、本当に馬鹿だった。彼こそが悩んでいたという事実を知ったのは、翌朝だった。
おれが目覚めた頃には彼は既に床を立っていた。
いつもと変わらぬ朝、ではなかった。細かなことには粗雑な彼の寝具が、やたら不自然に、綿密に畳まれていたのだ。
(悩むのは己だけではない)