第2章 強い男
「だから歳さんには、真っすぐ進んでもらわないといけないの。振り返ってる余裕なんて、あったらいけないと思うの」
どこまでも、優しい人だから。
振り返って、置き去りにしたものに胸を痛めるような人だから。
彼が迷うことなく、前へ進めるように私ができることは、ただひとつ。
「私ね、結婚するの」
「!?」
「…まだ内緒よ?って言っても、近いうちにばれると思うけど」
「…何、それ…そんなの土方さんは…」
「宗次郎」
それ以上言うなとでもいうように、やわらかい声が子供をたしなめるかのように優しく響いて。
「勘違いしないで。私は、幸せになるの」
そう、私にできることはただひとつ。
彼が夢だけを追い掛けて、前へ進めるように。
幸せに、なること。
そう朗らかに笑うこの人は、春のような人だと思う。
冬を越え、芽吹こうとする固い蕾をあたたかく包んで。
花開く時を、優しく見守っている…春のような、人だと思う。
彼女の、切なくなるほど真っ直ぐな瞳に思わず苦笑がこぼれて。
「…参ったなぁ…そんなの、かっこよすぎでしょ」
「当たり前!私だって、江戸の女ですから」
―誰が、彼女を責められるだろうか。
愛した人の夢のために、自分は犠牲になるのではなく、幸せになるのだと、そう言えるこの人を。
どこまでも、彼を愛してる…この人を。
「…本当、土方さんが羨ましいよ」
こんなにも、自分を思ってくれる人と出逢えるなんて。
ぽつり、と宗次郎が零した呟きは誰に届くこともなく、道場の喧騒に掻き消えた。
…桜花恋語二話 完。